祭りの準備(2)

 「どなたか?」
「堀田です」
 誰何すると、騎士団員の一人だった。
 招き入れると、長身で短髪の男が姿を現した。
「失礼します」
「久しぶりだな、堀田。元気そうで何より」
「恐縮です。貴方も・・・息災そうで安心しました」
 真っ直ぐに机に向かってきた堀田に挨拶する。
 騎士団員にはよく会うが、その任務内容により、後藤とは毎日のように顔を会わせる団員もいれば、
一か月位見かけない団員も居る。
 堀田とは確か三週間ぶり位だった気がする。
 笑顔で迎えれば、いつも表情があまり変わらない堀田の口角も少し上がり、
お世辞ではない言葉が返ってくる。
「早速ですが、こちらをお願いします」
 表情を引き締め、差し出された書類を手に取れば、それは武闘大会の企画書だった。
「ああ、詳細が出来上がったのか」

【武闘大会】それは、この王国で開かれる国民的行事の一つだ。
 以前は毎年行われていたが、予算や安全の関係上、現在は三年に一度に変更された。
 その名の通り、腕に自信のある者が力だめしや力自慢する大会である。
17歳以上の国民なら誰でも参加可能だが、現職の騎士は基本的に参加不可。
 騎士には騎士枠というものが別に設けられており、その時々により3人程騎士団長より
エントリーされ、上位3位までの人間は騎士に挑戦する権利が発生する。
 この大会で上位に入ると、騎士団に推薦される確率が高く、養成所に入ってなくとも
騎士になれる最短の道でもあることから、挑戦する人間も多い。
 また、闘技場という施設で行われるこの行事は祭りの側面も持ち合わせ、
当日は多くの国民が、闘技場に出店されるお店の食べ物や限定の品物を楽しみにしているのである。

 従って、開催されるに当たり、半年ほど前から実行委員会を結成し着々と準備を進めていた。
 堀田は、今年の実行委員である。
本来なら実行委員長である石神がこういったことをする役目だと思うが、まぁいい。
 後藤は「適材適所」という言葉を知っているため、その点についてはスルーした。

「当日に加え、前日の警備に関しても強化する点と、事前応募のあった全員に関する調査が完了した点が加わっています」
「調査結果に問題は?」
「特にありませんでした。前大会経験者が52%、最高齢は69歳です」
「・・・ひょっとして、酒場の【たれ爺】か?」
「ご明察の通り。とりあえず、彼の主治医を手配しておきました」
「ありがとう、完璧だ。どうせ止めても聞きやしないからな、誰かと同じで」
 溜息を吐いたままそう答え、後藤は視線をソファに向けると、堀田も口元に笑みを浮かべたまま、
ちらりと視線を横に流した。
 ソファのひじ掛けにだらしなく掛けていた足がぴくりと反応すると、低い声が答える。
「・・・・・誰のことだよ」
「あれ、起きてたのか?」
「寝てねーよ」
 そういって、むくりと起き上がり近寄ってくる。
「おはようございます、団長」
「だから、寝てねぇって!」
 嫌味という名のからかいである。
心底嫌そうな顔で睨む達海を、堀田はどこか面白げに見返していた。
 達海は後藤の持っていた報告書を取り上げると、パラパラとめくり視線を上げずに呟く。

「ふぅーん・・・武闘大会、ね・・・」
 その言葉に何となく感慨深い気配を感じた後藤は、ふと気づいて言葉を継ぐ。
「そう言えば、お前が此処に帰ってきてからは初めてだよな、大会」
「なくなったのかと思ってた」
 この国に去年、数年ぶりに帰ってきた達海だが、去年は大会がなかった為だろう。
「武闘大会は三年に一度開催に変更されました」
「なんで?」
「まぁ・・・予算的なモノと、後は安全面か」
「・・・ふーん」
 まぁ大人の事情だと後藤が苦笑混じりに言うと、達海は心当たりがあったのか、
納得いった風に頷いて口を開く。
「まぁ、大会やると他国からも色々来ちゃうよね・・・商人とか称して」
「・・・・仰る通りです」
堀田が眉を寄せて頷く。
 大会は祭りの側面もあるため、あらゆる商人が出入りしやすい状況になる。
他国にしてみれば、商人という諜報活動員を潜ませやすいというわけだ。
 探られて致命傷になるような痛い腹は今のところ持ち合わせていないETU王国だが、
入られた諜報員に破壊活動などされてはたまったものではない。
 そんなリスクは最小限に抑えておきたいということから、武闘大会を中止にする案もあった。
 だが、国民が楽しみにしているのも事実。
 そんなわけで準備にも時間が取れ、そこまで間が空かない三年という期間に落ち着いた。

「よく考えたら、俺らが出た頃って毎年やってたじゃん」
「ああ、そうだったな」
「よくやってたよなー。今考えたら穴だらけ」
「全くだ」
書類を机に放り出すと、両腕を頭に回して感嘆の声を出す達海に、後藤は苦笑しながら頷く。
 すると堀田が思い出したように達海に問いかけた。
「そう言えば、団長は大会優勝者でしたね?」
「あー・・・まぁね」
「村越さんが、お二人に負けたって言ってました」
「達海と決勝で当たったのが村越だったな」
「そだっけ?」
全く記憶にないのか首を傾げている。流石に20年近く前の出来事だと覚えていないか。
 後藤はその当時をはっきりと覚えている。
 彼にとって特別な想い出だったからだ。
「村越は強かったなぁ。どれも短時間決着だった」
「お前、勝ったじゃん。村越に」
(あれ?覚えているのか?)
 全く記憶にないのかと思っていた達海からの言葉に、少々驚きながらも苦笑する。
「いや、今やったらコテンパンにやられるだろうな」
「そりゃお前、今武官じゃねーじゃん」
 何当たり前のこと言ってんの?と言わんばかりの表情で後藤を見やる達海を見て、
堀田は微笑みながら自分も後藤と戦ってみたかったと告げる。
「勘弁してくれ・・・」
「いやー、コイツそこそこ強いよ?」
「そこそこで悪かったな」
 親指で指しながら失礼なことを言う騎士団長に、無駄と知りつつツッコミを入れる。
「だって、俺コイツに負けたの悔しくて翌年も大会出た位だし」
「負けてない負けてない。引き分けだったろ?」
「負けたも同然だっての。で翌年出たら、コイツいねーし」
 当時の事を思い出してきたのか、眉間にしわが寄ってきている。
「ひょっとして・・・決着は更に翌年に・・・?」
「うん」
 自分達の過去の話は堀田の興味を著しく引いたらしく、目に好奇心の光を宿している。
「へぇ・・・・。どうしてその年出なかったんです?」
 その好奇の目は後藤に向かった。
「・・・聞きたいのか?」
「差し支えなければ」
 差し支える程の事情も何もない。
 達海を見やると、先程までの不機嫌はどこへやら、ニヤニヤしている。
 珍しい事にどうやら話したいらしい。
「まぁ知りたいってんなら、話してやるよ」
そう言いながら、達海は再びソファーへその身を沈める。
続いて堀田も向かい側のソファーへ腰掛けた。
「ありがたく思えよー?」
「はっ、ありがたき幸せ」
 たかが思い出話を聞かせるだけなのに偉そうな団長に、恭しく頭を下げてそのノリについていける団員。
(堀田は真面目な団員だと思っていたのに、結構毒されてるな・・)
 それは達海が上司だからというのもあるが、普段共にいる相棒が石神だからというのが大きいのだが、
後藤はそこまでは分らなかった。

「ごとー!お茶ぁーー」
「おかまいなく」
「・・・・・お前らな・・・・」
 まだ執務中だろう、とかこの部屋の主は俺だ、とか言いたい事や常識的なことが頭に浮かんだが、
それを言ったところで大して状況は変わらないというのは分っていた。
 後藤は大きく溜息を吐くと、お湯を沸かしに備えつけの棚へ向かう。
ソファを横切る時、ソファの上で胡坐をかいた達海が、後藤と初めて会ったあの武闘大会の日のことを語り始めていた・・・・・・・・。