後藤恒生が初めて達海猛という存在に出会ったのは、今を遡ること18年前だ。
王国歴11989年、秋。
その日も国は活気づいていた。
穏やかに晴れた蒼穹の空には薄い秋雲が掛り、通る風は涼やかで気持ちがいい。
末端ではあるが、名家に生まれた後藤は小さいころから国の為になるようにと育てられ、
多くの子息と同様に国の要職や騎士を目指す人間が入る養成所に入れられた。
大きな持病もなく、体格にも恵まれた後藤はまず騎士を目指した。
更に訓練していくうちに、自分に防御魔法を使う素質があることが判り、
騎士としてこの国を守るのは使命なのだと思うようになり、腕を磨くことにした。
18〜20歳までは、魔法力を安定して使いこなす為と見聞を広める為に、
家からの命で魔法力の師匠と共に大陸の各地を転々とし、異色の経歴を持つことになる。
そんな後藤が21歳になった年。
ETUに帰国すると、師匠から武闘大会に出ろとの命令が下った。
「実践でどれくらい役に立つか手っとり早く確認できるじゃろ」
修行の成果を確認したいというのだから、後藤は頷きその年の大会にエントリーした。
そうして迎えた大会当日。
時間に少し余裕を持たせ家を出た後藤は、最短距離で大会会場である闘技場に向かって歩いていた。
坂を少し下っていくと、何やら前方から騒がしい気配がした。
角を曲がると、その先に人垣が出来ている。
(面倒事には近づきたくないんだが・・・)
内心そう思ったが、ここからだとその道を通らねば闘技場へ行けない。
仕方なく歩いて行くと、近づくにつれ様相が見えてきた。
人垣の中心で騒いでる人間が・・・3人。
武闘大会の前後ではよくあることなのだが、自分の力を誇示したい馬鹿者が、
街中で大立ち回りをやったりして騒ぎを起こすのだ。
あっさり勝負がつけばいいが、ついたらついたで、負けた方の仲間が参戦して
始末に負えなくなって大ごとになるのがうっとおしい。
騎士が巡回することで、殆ど大事にならずに済んでいるからか、
こういう輩が毎回数人は出てしまっているのが現状だ。
後藤としては、武闘大会という大舞台が用意されてるのだから、そこで正々堂々とやり合えばいいものを、
何故こんなところで人様の迷惑を顧みずやるのかと理解に苦しむ。
すばやく状況を見やれば、剣同士の争いだ。
片方は怪我をしている。
良く見ると二人の戦いにもう一人が止めようとしているのだろうか。
その人間は15、6歳くらいの茶髪の少年だった。
しかも武器を手にしてないように見える。
「丸腰!?なんて無茶な・・!」
後藤が歩みを速めて騒動の元に近づくと、少年が周りのヤジ馬達に言い放った。
「ここ危ないんだから、見てないで、逃げるか助けるかしたら?」
「・・・・全くだ」
急いでいるが、何故か放っていくことができずそう言い、人垣を割って近づいたら、突然反対側の人垣が割け、どけ!と怒号が聞こえた。
見れば、魔法を発動しておりこちらに放っている。
「!!!」
威嚇用で地面を狙ったのだろうが、完全に傍に居る少年も巻き添えを食う威力だ。
後藤は反射的に一番発動の早い防御魔法を唱え、少年を自分側へ引っ張った。
直後、後藤の防護壁に阻まれた攻撃魔法は派手な光を散らし地面と騒動を起こした大人二人に当たった。
間接的に魔法の攻撃を喰らった二人はその場で腰を抜かし動かなくなる。
魔法を放った騎士の後ろから到着した別の騎士達が市民を解散させ、原因二人を引き連れようとしていた。
「ふぅ・・間にあったか。しかし・・無茶してくれるなぁ」
「全くだぜ、アイツこっちごと吹っ飛ばそうとしただろ」
そう言って、茶髪の少年は魔法を飛ばしてきた騎士を睨む。
確かにあの騎士の一撃は少年にあたっても構わないとしか思えない軌道と威力だった。
「ったく、誤解だっつの!オレは獲物取られた被害者であって、騒動を起こした奴らの仲間じゃない」
「・・・やはりそうか。災難だったな」
どう見ても、腰を抜かしてた奴と仲間に見えなかった上に、何故かそういうことをこの子はしないと
直感が訴えていた。
そう言うと、少年は少し驚いたような目で見上げ、次に苦笑した。
「・・・あんたもね。てゆーか、今の防御・・魔法・・?」
「ああ・・・はっ!」
「?」
少年の問いに答えようとした時、此処を通った目的を思い出し、焦って時計を取り出し見る。
約束の時間まで15分を切っていた。
「しまった・・!今時間がないんだ。すまないが俺はこれで失礼するよ」
「え・・・・」
「帰りは気をつけろよ?」
そう言って、彼の頭にぽんと手をやり、急いでその場を去った。
ここからなら走れば何とか間に合う。
後藤は改めて前を向き、さっさと人込みを抜けると、闘技場まで走りだした。
時間にして5分にもならない程度。ほんの一瞬の邂逅。
これが、後の【騎士団長】達海猛と、【宰相】後藤恒生の出会いであった。