03. 動き出す刻

「失礼します」
「いらっしゃい、清川」

清川は大聖堂の神父であり、この国一番の治癒師でもある。
類稀なる能力を持つ彼は神父でありながら国中を廻り、苦しんでる人を助ける毎日だ。
この王宮にも週に一度は通い、王の疲労回復をしてくれている。
今日も王への務めが終わったから報告に来たのだろう。

「清川、今朝は大変だったな。重傷者を助けてくれたとか。
達海の怪我も治してくれたみたいだし、ありがとう」
達海から報告を受けた時に、後藤は清川の活躍も耳に入れていたので
心から礼を言うと、彼は慌てて手を振り謙遜している。
「あ、いえ!当然のことですし、助けられて良かったです、ほんと」

治癒能力に関しては後藤も持っているが、清川には遠く及ばない。
死者でなければ全て治癒可能とまで言われている程の能力者なのに
驕ることもなく明るく優しい彼は、神父に相応しいだろう。
城下町の皆だけでなく、騎士団や王宮でも彼の人気は高い。
「これ、今週の報告書です」
「ああ、ありがとう」
「それじゃ、オレはこれで・・・・・お話中だったのに、すいません」
どうやら直前まで深刻な話をしてたのを、雰囲気で感じたようだ。
こういう聡いところも人気の秘密かもしれない。



清川が出て行ったあと、執務室に一瞬の沈黙が訪れた。
後藤が達海を見やると、その視線は机上にあり、薄く笑っている。
「達海?」
「・・・・いや、見てたなと思ってさぁ」
「この地図を?」
「そう」
そういえば、話途中だったから広げたままにしてあった。
「・・・まずかったかな?」
「んー・・まぁ多分、平気じゃね?」
「それはそうと・・・・・出来ることはやっておかないとな」
「具体的に決まってんの?」
「いや、まさかこんなに早く三体目に遭遇するとは思ってなかったからな。
どの手を使うか決めかねてるんだけども・・・・・」
「次に出そうなトコ予想つくから、討伐チームでも編成すっか・・・・」
「予想、つくのか?!」
あっさりと言ってのける達海に後藤が驚いて声を上げると、彼は複雑そうな顔で頷いた。
「ああ、まぁなんとなく・・・ね。でもそれやると、問題がひとつ」
「問題?」
「騎士団を二つに分けることになるから、戦力半減」
「ああ・・・成程。3、4人の精鋭で当たるってのは?」
「んー・・・・今日当たった魔物。俺とキヨ居なかったら全滅してたかも」
「な、何?!」
最初に後藤が報告受けた時には「俺が魔法で倒した」としか言ってなかった。
堺は四元素の魔法を使えるはずだ。剣の腕前も相当ある。
それなのに、達海が居なかったら全滅の可能性があった・・・ということは。

「ひょっとして・・・光の魔法じゃないと倒せないってことか?」
「おそらく・・・若しくは、闇属性か・・・・・」


それはかなり手強い。
光の祝福を受けた魔法も、治癒と同じで使える者は希少だ。
敵の戦闘能力も不明だし、そんなところへ3,4人で討伐に行くのは確かにリスクが大きい。
だが、だからと言って騎士団の全力を持ち出すと、この国の守備が手薄になり
余所から侵略される可能性が出てくる。
また同時に、他国に侵略行為を始めるのでは?と疑惑を持たれてしまう。

「西に行かせてた偵察の話だと、向こうさんの所でも魔物が横行していて
日々討伐に騎士団が動いてるようなんだ」
「とりあえず、あちらさんも同じような状況になってるってワケか」
「そうらしい。ウチとの国境沿いにある北の山方面に頻繁に赴いてるとか」
「ふーん・・・なるほどねぇ」
「まぁそんな状況だし、こっちが手薄になったところで、全力でちょっかい出してくる
という可能性は低い、と俺は思ってるんだけど・・・」
「・・・・わかった。一両日中に決める」

頭をがりがりと掻きながら後藤に返事をした達海は、机上にある地図を掴むと
「これ、借りるわ」と言って、そのまま執務室を出て行った。




次の日。
後藤が執務室で書類を整理していると、廊下から軽いが慌しげな足音が聞こえてきた。
この足音には心当たりがある。
ドアが開くのと声がしたのは同時だった。

「後藤さん、居る?!」
「おはよう、有里ちゃん。何かあったの?」

ノックもせずに入ってきたのは、この国の王女である永田有里だった。
王族である彼女には、本来このように親しげに話しかけていいわけないのだが、
彼女が公式の場以外では敬語を自分に使うなと命令してきたので
後藤はとりあえず、それに従っている。
昔から知っている達海や後藤に敬語を使われてしまったら、
味方で無くなってしまったように思えて不安だから、と本人から聞かされた
後藤はその境遇を思い、それ以降公式の場以外では達海と同じように接している。

「うん、さっきヴィクトリー帝国に送ってた偵察が戻ってきてね、報告を受けたんだけど」
「・・・・え?!」
戻る指示を出した覚えはない。
元々偵察を送るよう動いたのは有里なので、彼女が呼び戻したのかもしれないが
だとしたら、それは即ち”緊急事態”だ。

「一昨日、北の山に討伐に向かってた騎士団が戻ってきたらしいんだけど・・」
「うん」
「・・・・全滅、したって」
「な、何だって!?」

有里から告げられた内容に、後藤は驚愕せざるを得なかった。
【神聖ヴィクトリー帝国】と言えば、大陸一の軍事力を誇る国として有名だ。
その中心を担う【帝国騎士団】は精鋭の集まりで、皆何らかの能力者だという。
その騎士団員のチームが討伐に向かって・・全滅?

「ううん、正確に言うと全滅じゃないか。一人だけ生存してる。かろうじて、だけど」
「何人で向かったんだ?」
「五人って言ってた。【近衛隊】は居なかったみたいだけど」
後藤はこの時、昨日の達海の報告を思い出していた。

『俺とキヨが居なかったら、全滅してたかも』

達海が遭遇したのとは種類が違うかもしれないが、危険度は同じだということだろう。
この時・・・後藤は初めてその危険が自分たちの真後ろにまで
迫っていることを実感し、背筋を震わせた。

とにかく魔物を討伐するにしろ、どっかの陰謀に対抗するにしろ、準備をしないと動けない。
後藤はその日から水面下で武器防具等の調達や情報の整理に取り掛かった。




その二日後。
後にETU王国の運命を大きく動かす一石が投じられる。

神聖ヴィクトリー帝国から、公式の使者がやってきたのだ。
騎士に連れられて王宮に姿を現したのは、たった二人しかいない。
一人は【帝国外交大使】の男性。

そしてもう一人は・・・・・

神聖ヴィクトリー帝国騎士団、近衛隊隊長の持田であった----