02. ETU. KINGDOM

大陸歴12007年。
ここは広大な大陸のやや東寄りの位置にある小さな王国だ。
正式名称を【East Tokyo United Kingdom】 という。
海も近く、海産物に恵まれ、北に山もあり鉱物も取れる。
大きく裕福な国ではないが、国民の気質は元気で明るく、義に厚い。
王宮の傍にある城下町はいつも活気に溢れている。

現在の王室は【永田】という一族が率いており、王が即位して二十年程だ。
王には「有里」という名の一人娘がおり、第一王位継承権を持つが
後継として相応しいとされる【直系の男子】では無い為、王の弟である
侯爵「永田侯」を次期王に、と望む声もある。
ただ実際に政治や経済を動かすのは、王から選ばれた宰相や大臣といった
別の人間なので、有里と永田侯の間に大きな軋轢があるわけでもない。
王も存命なので、表向き継承権については誰も追及することはないのが現状だ。

そんなETU王国には、市民の生活から国の行事まで深く関わっている組織がある。
それが 【王国騎士団】 と呼ばれる集団。
国の重要な軍事力の一翼だが、元は自警組織の理念で設立された為、
今でも国民にとっては身近で頼れる組織として親愛と尊敬の念を抱かれている。
特に現在の騎士団長は、昔からずば抜けた戦闘能力を持ち
その実力は内外に知れ渡っているという逸材だ。
しかし、一筋縄ではいかない性格の持ち主であり、
王族に対しても敬語を使用することもなく、自由気ままに振舞っている。
そんな彼を王宮の中には煙たく思う者もいるが
多くの国民は飾り気のない英雄として慕っているのである。

そんな彼 ---- 「達海猛」は、今ひとつの問題に直面していた。



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「三体目・・・・か」
「こうまではっきり続くと・・・・・邪推してしまうな」
「っていうか、隠す気ないんじゃね?」


王宮の一角、宰相執務室。
宰相である後藤恒生は、騎士団長の達海から戦闘に関する報告を受けていた。
最近王国内でちょっとした問題が起きており、
それに関するいくつかの噂も主に城下町で広まっている。
この日の午前中、達海はその噂の出所や真偽について、
データの収集をしに港町まで単独で出かけていた。
予定外の行動だが、後藤だけは知っているし・・と気軽に出掛けたのだが、その帰り道。
主要街道近くの森付近にて魔物と遭遇してしまったのだ。



この大陸では【魔物】と呼ばれる人間以外の正体不明な生命体が存在している。
知能は無く、何故か人間に敵意を持っているようで、遭遇すると大抵は襲ってくる。
だが魔物の出る国は居住区に結界を張ってあるし、魔物の生活圏は大体決まっており、
こちらがそれを侵さなければ頻繁に遭遇することもなかった。


それなのに一か月ほど前。
この土地では、居るはずのない魔物が南西の沼に出現した。
幸い犠牲者は出なかったが、目撃情報によると魚のような頭部に
熊のような大きな体で二足歩行していたという。
それ以降は全く現れず、沼は今も封鎖中だ。

基本的にこの国で多く見かける魔物たちは獣のような四足歩行をするものが殆どだ。
見掛けない魔物が出たというだけでも国民の不安を煽るというのに、
この日達海が遭遇した魔物は、巨大で見たことのない・・二足歩行の魔物だった。


達海が遭遇した時、既に戦闘は始っており負傷者がいた。
現場には騎士団の堺と世良がおり、何とか街道への侵入を食い止めている。
敵の戦闘力は不明な上、かなりの凶暴性とみて達海も高位の魔法で応戦したが、
思ったよりはあっさりと倒せた事が、逆に達海に違和感を抱かせた。
魔物を倒す直前に大聖堂の神父が駆け付け、負傷者を治癒してくれたおかげで
死なせずに済んだが、危険度が増してきているのを感じる。
王宮に戻った達海は、すぐさま後藤の執務室に向かい報告をしているという次第だ。

実は今日遭遇した魔物の他に、もう一体不可思議な二足歩行の魔物は報告されていた。
一週間程前、北の岩場で鉱石職人が「見たことない大きな魔物を見た」という
報告が騎士団にされ、確認に出掛けたチームが遭遇し、これを撃退している。

「三体とも・・・二足歩行系統、か・・・」
「後藤、調査結果は?」
「ああ、うん。一応出てる」

溜息を吐きつつ頷くと、後藤は机の引き出しからファイルを取り出し達海に差し出した。
渡されたファイルにざっと目を通していた達海だが、ふと眉根を寄せて不機嫌そうに呟く。

「・・・・・『存在しない』?」
「報告された体長、外見、採取された皮膚の成分等によって多角的に検索照会
されたんだが、現時点で完全一致する個体はない、との回答だ」
「だから・・・<一応>か」
「そう。ただ・・これらの特徴を持つ、極めて近い種類の魔物は存在している」
「三体共?」
「ああ」
「へぇ・・・・・・何処に?」
「・・・・・・・西の隣国、ヴィクトリー帝国領土内」

後藤がそう告げた瞬間、達海の口角がつり上がった。
「・・・・・・・・・・・・そうかい」

「達海、これを見てくれ」
そう言って後藤が机上に広げたのは、王国周辺の地図だ。
いくつか印がついており、それが噂のあるポイント、実際に出現したポイント
と、色分けして付いている。
「今回俺らが遭遇しちゃったのはー・・・・・ココ」
達海が指し示した場所に、後藤がペンで印を加える。
そこに記されているのは、城下町から出た街道沿いにある西の森だ。 
美味しい木の実や可食の草花、樹皮等を採取するために町人も出入りする場所である。
奥まで行くと狐や狼型の魔物に遭遇するが気を付けていればそんなに危険度は高くない。
それなのに・・・・
地図を見ると、魔物の出現場所は一体目からどんどん城下町に近づいている。


南西の沼地。
北西の岩場。
西の森。


本来この土地には居ないはずの魔物。
種別が登録されていない謎の魔物。

・・・・・・聞こえてくる魔物の噂・・・・・・・。

「達海、港町では収穫あったか?」
地図から顔をあげた後藤が問いかけると、達海は頷いた。
「まぁね」
収穫があったという割にはあまり冴えない表情だ。
目線で後藤が続きを促すと理由を話し始める。

「誰かが意図して流布したという類ではなさそうだった」
「そうなのか?」
「うん。こっちで聞いてるネタも色々探ったんだけど、割とはっきりしてんだよなー出所」
「町の人か?」
「そう」

最初の魔物が出たときに、「こういうのが出た」と目撃者が注意を喚起したことで
その魔物については噂が広まった。
二体目の魔物が討伐されてからは、新種の魔物について人々の関心を引くようになり
新たに色々な噂が出始めた。

目撃した人間が酒場で体験談を語ったら、そこに居あわせた学者が
「西の国にはそれに似た魔物がいる」と話したことで、
「西で食べ物が少なくなってこっちに来たんだ」 とか、
「西は魔物を追い出す計画をしてそれでこっちに来た」 というような噂になった。
また、港町ではその噂を聞いて関心を持った遠い国の商人が、
「西の国では魔物の改良の研究してる」 と話していたらしい。
達海が話した町人も「我が国でも王の魔法力で魔物を良い存在に変えればいいのに」
と心配そうに話していた。

だが、噂はそれだけには留まらなかった。
西の国でそういった研究がされているという情報は
国民に小さな不安の種も植え付けているのだ。
「もし、魔物を操ってこっちに侵略してきたらどうしよう」ということだ。
話を聞いて回る達海にも、その不安は感じ取れた。
情報を話した商人が工作員かとも疑ってみたが、あっさりと本人に接触出来た上に
この王国が気に入ったのか、まだのんびり滞在しているという。
話してみると、色々な情報を持っていたが憶測が多く、万一そんなことをしても
彼にメリットが殆どないと分かったので、一応『シロ』と判断した。

「まぁ・・工作員が居たことろで、そんなに簡単には尻尾出さないだろうけど」
「そうだな。・・・・しかし、国民の不安は募ってしまうな」
「噂通り、帝国が今すぐ動いてくる可能性はあんの?」
「うー・・ん、断言は難しいが、近いうちに何らかの接触をしてくるような気はしてる」
「へぇ・・・・・やっぱ、お前もそう思う?」

達海はそう言うと、にやりと片頬を歪めてせせら笑う。
そんな達海を見た後藤はため息をひとつ吐くと、地図の上に手を置いた。
「手を拱(こまね)いて待つのは性に合わないんだが・・・・・
だからと言って、こっちから言いがかり付けに行くわけにもいかんしなぁ」

この国は基本的に平和主義を謳っている。
こちらからは戦を仕掛けない。
但し、無抵抗主義ではないので仕掛けられたら容赦はしないというのがスタンスだ。

「まぁな。・・やりようがないわけじゃないん・・っ!!」
達海が突然言葉を止めたので、何事かと顔を上げると廊下から足音が聞こえてきた。
一拍後足音は止み、規則正しいノックの音に変わる。
後藤が入室を促すと、重厚な木製のドアが開き、入ってきたのは
治癒師の清川だった。