いなるかな、    
その
偽善の福音

【前編】



大国の威信を掛けて物量作戦を挑んできた人革連の攻撃により、
キュリオスとヴァーチェ、ガンダムが二体までも鹵獲寸前、
輸送艦プトレマイオスも直撃を受け撃沈の可能性まであった
という危機を何とか乗り越えたソレスタルビーイング。


その翌日。
アレルヤは鹵獲の直接的な原因になったであろう頭痛の正体と、
それによって自分と同じものが敵国に存在し続けている現状について、
報告するべきか否かを迷っていた。

「あの時と同じ・・あのティエレンが近づいてきたら、直接響いてきたあの波動・・・間違いない。」
あれほど強く干渉してくるなど、あのパイロットは間違いなく「自分と同じもの」だ。
・・だとすると、あの忌まわしい実験は自分達が「破棄」された後も
性懲りもなく続けられていたということになる。

年端もいかぬ子供達が集められ、「お国の為」だといって
研究者達の都合で脳やら身体を勝手に弄繰り回して改造し、
適合すれば立派な「戦闘兵器」、適合しなければ失敗作として「破棄」・・
「人類革新」を謳うこの大国は、裏で人道にも劣る悪魔の所業を繰り返していた。



そんな馬鹿げた行為が今も続けられているのだとしたら、すぐにでも終らせたい。
愚かな行為を繰り返す研究者どもに怒りの鉄槌を下したい。



『だったら・・さっさとぶっ壊しに行こーぜ、アレルヤ』



もう一人の自分が、自分の心に正直に語りかけてくる。

「・・・ハレルヤ。」
『あいつら、ほっといたらこの間の戦闘データを上書きして、強くなって出てくんじゃねーの?』
「・・・・・・・。」
『あの忌々しい機関が存続してると、俺らのよーな存在が次々と生み出されていく。
 そいつは”戦争を幇助する行為”だ。』


何を迷ってやがるんだ、と
ハレルヤは不満そうに鼻を鳴らして躊躇うアレルヤをあざ笑う。


超人機関を根底から潰すとなると、実験の主要施設を完全に破壊する必要がある。
当然、実験体としてそこに居る大勢の子供達をも犠牲にすることとなってしまう。
・・・アレルヤにはそれが辛かった。
自分の意思で居るわけじゃない、何の罪もない子供達。かつて自分もそうだった。



「・・・叩けというのか?・・・仲間を・・同胞を。」
『お優しいアレルヤ様には出来ない相談か?・・ならオレに身体を渡せよ。
 速攻で片つけてやるぜ・・・・あの時みたいにな。』
「!!」


フラッシュバックする過去の記憶。
たまに思い出し、自分を苦しめる過去の記憶。
消したいのに、それを許さないかのように消える事のない記憶。
「失敗作」だった自分は宇宙に「破棄処分」となった。
何もない宇宙で漂流する恐怖。死にたくない!逃げだしたい!
その時、何が起こった?
僕は一体、何をした?
・・・・僕なのか?僕じゃないのか?




『やめて・・死にたくないよ、アレルヤ!』
『違う、俺はアレルヤじゃない。お前は・・死ぬんだ!』



・・やめろ、駄目だ-------------




「やめてくれ、ハレルヤ!!・・何も殺す事はない、保護する事だって・・・」
『戦闘用に改造された人間にどんな未来がある?そんなことお前が一番分かってるだろ?』


分かってる。そんなこと充分に。
あらゆる感情の前に戦闘兵器であることを優先するように作り変えられた人間。
存在意義は「戦闘で役に立つ事」。
「敵を排除すること」。
そんな人間に、日常生活を普通に楽しく送るなんて、
どうしたらいいのかが分からない。
自分だって結局・・鎖から逃れたハズなのに、
別の鎖に囚われて「ガンダム」という武器を手に
戦闘行為を繰り返す毎日を送っているではないか。

でも・・だからといって、子供たちまで全員殺す必要があるのか・・・?
だって僕がソレスタルビーイングに来たのは・・・



「違う、僕がココに来たのは・・」
『戦う事しか出来ないからだ』
「違う!」
『それがオレらの運命だ!』
「違う!僕は・・・っ」


自分が戦う事で、この終らない紛争に終止符を打つために!
世界を作り変えられると信じて・・!


そんなこみ上げてくる感情をハレルヤにぶつけようとしたその時。
振り返った先に・・・刹那が佇んでいた。



「!!!!あ・・・・刹那・・・」
「・・・・・・。」



何時から居たのだろう・・
全く気が付かなかった自分に軽い自己嫌悪を感じつつ、呆然と呟いてしまった。
刹那の方はそんな自分を見て、さほど驚いたそぶりも見せず
じっとアレルヤを見つめていたが、
ややしてからいつもと変わらない抑揚の薄い声で問いかけてきた。


「・・・どうした?」


その響きは、驚きでも軽蔑でも揶揄でもない、
純粋な疑問とほんの少しの「心配」をにじませているように感じられた。

刹那はティエリアと同じく無口無表情の部類に入るのだが、
いつも冷徹で容赦ないティエリアと違って、
話してみると無駄口を叩かないというだけで、人の話は聞くし意見も言う。
意外と素直なところもあり、実は感情の起伏が結構あるということも分かるようになっていた。




「・・いや。・・なんでもないさ・・」



刹那はまだハレルヤの存在を知らない。
刹那から見たら完全に独り言を発してるように見えたであろうことに、
羞恥心と居心地の悪さを感じて思わず踵を返してしまった。

背中に刹那のもの問いたげな視線を感じてはいたが、
向き合ってこの感情を説明できる状態ではなかった。


『ごめん、刹那・・・』心の中で、そっと呟く。





・・・ハレルヤの声も、もう聞こえなかった。




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