「後藤・・恒生、か・・・・くっそ!」
後藤と別れ、一人廊下を歩きながら達海は舌打ちした。
実を言うと、達海は戦う前まで自分は勝てると思っていたのだ。
何故なら、今まで負けたことがないからだ。
小さい時から、ふっかけられた喧嘩は返り討ちにしてやったし、くだらない連中に負けたくないから、
強くなる為に色々した。魔法だって使えると分ったら使いこなせるように練習もした。
その結果、今まで魔物にも人間にも負けたことがなかった。
だから、今朝【防御魔法】というものを目の当たりにした時、驚愕した。
自分には使えない魔法。
そしてその本当の威力たるや、今朝の比ではない凄まじいものだった。
『顕現せよ!アポロンの守護!』
聞こえた時、冗談かと思った。
天上の神々の力を振るうとかそんなのアリかよと驚愕したが、
その時達海の狙いは次の攻撃だったので、お構いなしに突っ込んだ。
一つ前の試合で喰らったフェイントを応用したのだ。
相手の気が正面の光魔法に集中してるからこそ、足元を敢えて狙った。
当たって倒れてくれればよし、避けられたとしても集中が途切れて防護壁の威力が一瞬下がるだろう。
そこが狙いだった。
避けられたのは流石と思ったが、狙い通り集中が切れて防護壁が弱まり、これで(勝った!)と思った。
その直後だ、達海の武器が消滅したのは。
あまりの事に言葉が出なかった。
(ったく!攻撃無効化とか聞いたことねーよ!)
結局、【無限の扉】とやらを使ったことで後藤も戦闘不能に陥ったから引き分けという結果になったが、
達海的には完全に負けだ。
悔しいことこの上ない。
だが、自分より強い技や魔法を使う相手などゴロゴロいて、知らないだけなのだと分った。
・・・井の中の蛙、という言葉を思い出す。
(あーー・・やな言葉・・・)
何だか気分が沈んだが、ここで気付けて良かったのかもしれない。
取りあえず、結果は悔しいが後藤と再戦するのは楽しみだと感じていた。
試合前と今とでは、彼に対する印象が随分変わった。
(まさかあんな闘志の持ち主とはねー)
最初は『虫も殺さない』というか『無益な殺生を好まない』ような印象だったのだ。
確かにその通りなのだとは思うが、その奥底に戦いを楽しむ心が隠されてたとは。
終了の鐘が鳴り、近づいた自分に見せた後藤のあの目は達海の心に刺さった。
(あれは・・『負けたくない』だよな・・多分)
自分もかなり負けず嫌いだが、後藤も相当だ。
何だか少し親しみが沸いたが、そのことは誰にも言わない。
笠野が後藤を「ある意味見た目通り」と言っていたが、今理解した。
「見た目で判断出来ねェ奴がいっぱい」とも言っていたが、激しく同意だ。
そんな激しい本性を持っているのに、試合が終わるや否や、あっさりそれは隠れてしまったのがまたおかしい。
しかも何が嬉しかったのか、頬を緩めて微笑んでさえいたのだから驚きだ。
そうしていたら、手を差し出されて礼を言われた。
(ありがとうって・・・変な奴)
(本気なんて、出すって最初に言ったじゃん)
そう思ったけど、実は後藤にそう言われて悪い気がしなかったので、握手ぐらいしてやるかと手を出したら、
ぎゅ、と優しく握られて、達海の心臓は一度止まった。
いや、本当には止まっていないのだが、そんな衝撃だったのだ。
思わず顔をあげたら思いのほか優しい瞳がこちらを見ていて目が合った途端、思わず逸らしてしまった。
未だに何故そんな態度を取ってしまったのか、自分でも理解できないでいる。
しかもそのまま、八つ当たりをしてしまった・・・。
(オレはガキか・・!)
思い出した途端、恥ずかしさのあまり頭を掻き毟る。
「あーーーーーーーー!」
「・・・何やってんだ、ぼうず」
聞き覚えのある声が上から降ってきた。
もしかしなくても笠野だろう。笑い混じりの声が響く。
「勝てなくて悔しさのあまりに狂ったか?」
「・・・・狂ってねーし・・・・」
良く考えたら、この男も傲岸不遜というか、失礼な奴だと達海は思う。
はぁーっと溜息を吐き、顔を上げると、全てを見透かすような目でこちらを見ていた。
「『いい経験になった』だろ?」
「・・・・まーね。ってか、アンタあの能力知ってたワケ?」
「あの能力って?」
「攻撃無効化能力だよ!!」
知ってたのなら、達海が負けることを分っていたに違いない。
なんて意地の悪いおっさんだ、と睨んでやると答えはNOだった。
「いや、俺もあれは初めて見た。まさかこの国に使える人間がいるとはね」
「・・へ?そんなにレアなモンなわけ・・?」
「ああ。まぁ・・よくやったな、ぼうずも」
そう言ってニヤリと笑う笠野の顔を見て、達海はもう一つの思惑に気付いた。
「!!・・・アンタ、後藤も狙いだった、のか?」
達海が本気を出したことで、普段使わない光魔法を出したのと同じく、後藤もめったに使うことのない切り札を出した・・・。
その能力を見ることも、笠野の目的だったらしい。
使われたことには怒りを感じるが、後藤と本気で戦えたことは非常に有意義だったので、溜飲を下げる。
「判断力も中々申し分なかったし、彼には是非とも我が騎士団に入って頂くとしよう」
「・・・騎士団?後藤を入れる気なのか?」
「奴(やっこ)さんは元々騎士を希望しているからな」
「そう・・・だったのか」
成程、何故彼のような人間が此処に居たのか、達海はようやく納得がいった。
そう言われると、『騎士』は後藤に似合っているような気がする。
「騎士・・・か」
「なんだ?お前さんも騎士団に来るか?」
「ハッ、じょーだん!」
「そいつは残念」
答えが判ってるだろうに肩をすくめてそんな台詞を言う笠野に、心底厭そうな視線を送る。
元々、あまり束縛されるのは好きじゃないし、残念ながら愛国心とやらも大して持ち合わせていない。
それに、騎士団を率いているのはあろうことか目の前のこの男だ。
うっかり入団した日には、どう考えても面倒事と厄介事が日替わりで訪れるに違いない。
とにかくそんな毎日は御免だし、笠野と話していると余計なことまで喋ってしまいそうで
落ち着かなくなったので退散することにした。
「んじゃ、オレ帰るわ」
「残りの試合は?」
「今やっても意味がない。後藤との『次』は来年だ」
「ほう・・」
「それまで腕を磨いて、来年ここで決着をつける」
「・・・・そうかい。そりゃ楽しみが増えたな」
ニヤニヤと笑う顔を片手で撫でながらそう嘯く笠野を一瞥して歩きだす。
背中に視線を感じていたが、振り返らなかった。