運命の邂逅2(3)

 弾き飛ばされた達海が立ち上がるとき、異変に気付いた。

(!!詠唱を始めた・・・!)

 気づいた時には後藤も唱え始めていた。
 彼の最大の光魔法が来ると確信したので、こちらも最大級の防護壁を使う。

「全てを照らす偉大なる太陽よ、真(ま)皓(しろ)きその御手(みて)我らを護らん」

 一秒ごとにその身体から立ち上るのは魔法の片鱗か、それとも。
 達海を中心に風が起こり、光に包まれていく。
 俯いていた顔が上がり、目が合った瞬間。
 背筋がゾクリと震えた。

(ーーー来る!!!)

「Glanzen Bestrafung!!」

 高らかに唱えると、達海は、激しい闘志を漲らせてこちらへ駆け出した。
 彼が唱えた後、後藤も叫んだ。

「顕現せよ!アポロンの守護!!!」
 
 白く半透明な輝く壁が完成し、後藤を包んだ直後。
 激しい音と共に重い衝撃が襲ってきた。
「ぐ・・・っ!!」
 予想はしてたものの、かなりの威力だ。
【アポロンの守護】とて太陽神の力だ。それに弾かれず拮抗するなど初めての体験だった。
 押され、一歩後ずさったその時、達海の姿が視界から消えた。
(な・・っ?!・・・・・下かッ!)
 バイザーのお陰で溢れる光の中でも達海の影が視界の端に捕えられた。
 反射的に上へ飛び、見下ろすと達海が足払いを掛けていたのが判った。
 そしてその倒れた体制のまま剣先をこちらに向けている。

(まずい・・・っ!!間に合わない・・っ?!いや!!)


「届け!光の矢ーーッ!!」
「開け!無限の扉ッッツ!」


 達海が鋭く叫ぶと、剣ごと魔法が放たれた。
 同時に後藤も叫んでいた。
 向けられた剣が後藤の身体に触れる、と思われた瞬間。

 バシューーーッ!!!
 何かが蒸発するような音が響き、光の粒が舞い踊る。
 真白な霧に包まれたかのような空間で、達海の武器が消え失せた。


「な・・・・!!?」


 驚愕のあまり、彼は倒れたままの姿勢で目を見開き絶句していた。
 当然だ。
 勝てると思って放った武器が、弾かれるならまだしも、消え失せたのだ。
 後藤は着地すると、崩れるようにその片膝を地につけ荒い息を吐く。
 武器である棒に掴まり、最後の呪文を唱えた。
「・・・深淵なる無の渦よ・・・此方と其方を繋ぐ・・糸・・ッく!」
 消耗による疲労で上手く呼吸が整わない。
 そんな後藤を見た達海が訝しげに名を呼ぶのが聞こえた。
「・・・ごとう?」
「・・・今、ひとたび断ち切らん。・・・閉じよ、無限の、扉!!」
 詠唱が終わると、目に見えぬ何かが閉じた気配がして力から解放された。

「はぁっ、はぁっ・・・・くっ・・・」
 もう後藤は立つのも辛い状態だったが、目の前で達海が動く気配があり、顔をあげる。
 すると、立ち上がった達海が後藤を見下ろしていた。
 だが、もう自分は満足に動けない。

(くそ・・・負ける・・・・)

 そうは思ったが、気持ちだけでも負けたくないと目に闘志を込めて達海を見返す。
 すると彼は、目を瞠り小さく驚いたかと思うと、その後声に出して笑いだした。
「?!?!」
(な、何故笑ってるんだ?試合中だろう?)
 苦しい息を整えながらも、達海の奇行?に驚いた後藤は、そこでようやく周りの変化に気付いた。
 遠くで戦いを見守っているはずの審判が此方へ寄ってきており、扉を指している。
 呆然としながらも、達海に問いかけた。

「おい・・・・この試合・・・まさか、終わってる、のか?」
「ハハ・・・あ?・・・うっそ、気づいてなかったの?」
「・・なに・・・?」
「アンタがオレの武器消して、防護壁が解除された時に鐘、鳴ったじゃん」

 全く気付かなかった。
(そうか・・・【無限の扉】を発動してたから・・・)
 どのみち、しばらく時間を置かないと後藤はまともに戦えない。
 終わったのはいいとして・・・勝敗はどうなったのだろう?
 再び達海を見やると、ニヒーとしか表現できない笑みを浮かべ、こちらに手を差し伸べていた。

「立てる?ほい」
「・・・ああ、ありがとう。・・・よっと!」

 いつまでも此処に座ってるわけにもいかない。
 差し伸べてくれた手を有難く受け取り、棒を支えに立ちあがった。
 すると、こちらに来た審判が控室にヒーラーが居るので回復してもらえと伝え、部屋へ促す。
 頷いて歩きだすが、闘技エリアを出たところで振り向くと、掲示板が見えた。
 そこに表示された結果に息をのむ。


「・・・引き分け・・・?」


 呆然と呟くと、溜息混じりに頷かれた。
「まぁ、武器奪われた時点でオレの負け・・・だろーけど、アンタも勝負続行不可能だって判断されて、ポイントもなかったから」
「いや、でも武器なくてもお前はまだ戦えたはずだろう?」
「それがさー、こっちもアレで仕留めるつもりだったから、全魔力使っちゃって、もう尽きてんだよねー」
「そう・・・だったのか・・」

 魔力が底を尽いてるようには見えないのだが、納得いってないような顔を見てそれが本当だと知る。
 何より全魔力使い果たす程本気になってくれたことが、後藤を喜ばせた。
 戦いの前、彼の持つ最大の魔法を使わせてやると意気込んでいたが、どうやら叶ったらしい。
 実際、ものすごい威力だったし、発動させた時の彼の気迫は凄まじかった。
 自分の中の何かが彼を本気にさせたのだと思うと、不思議なほど気分が高揚した。
 思わず頬が緩んでいたのか、達海が怪訝な声を上げる。

「ちょっと・・・何笑ってんの?」
「え?あ、ああ・・・・いや、悪い」

 我に返り、慌てて口元を隠し視線を逸らす。頬が熱い。
(ああ、何をやってるんだ、俺は・・・これじゃ益々不審・・・・)
 そう思いなおし、視線を戻すと手を差し出した。

「・・・ありがとう。俺に、本気を出してくれて」
「え・・・あ、ああ・・・うん」

 差し出された手と俺とその言葉に、達海は最初戸惑った表情で、この手を取るか迷ったようだったが、
そろりと手を伸ばし控え目に握ってきた。
 その手は後藤より些か小さく、あんな強力な攻撃を生むとは思えなくて
不思議な感覚を味わった。
 拒絶せず握ってくれたので、感謝を込めてぎゅっと握り返すと、はっとしたように顔を上げたが、
すぐにまた顔を逸らされてしまった。

「?」
「あ、アンタさぁー・・・・結構違うよね」
「え?」

(違う・・・?何が、だ?)
 相手の口から発せられた言葉の意味が判らず首をかしげると、握っていた手を離された。
(あ・・・・)
 握手なんだからすぐ離れて当然なのに、何故か外された手が寂しいと感じて、後藤は戸惑った。

 だが、そんな後藤の心中など知る由もない達海は、両手を腰にやり口を尖らせていた。
「そうだよ、『虫も殺しません』みたいな顔してさー!」
「ええっ?!」
 それはない。どこからそんなイメージが出たのか不思議だ。
(コイツは一体俺を何だと思ってたんだ??)
「なのに、あーんなえげつない魔法使うし!何だよ【アポロンの守護】って。太陽神じゃん!」
「ああ・・・うん、まぁそうだな」

 なんだか後藤は八つ当たりを受けてるような気がしてきた。
 ・・・いや、これはきっと『八つ当たり』だ。

「太陽神が相手とか、チートじゃん!あーーむかつく!」
「・・・・・・・・・・・・・」
 チートさで言ったら、達海の光魔法だって四大精霊を超えた存在だし、大して変わらんだろ
と突っ込んでやりたいが、黙っておく。
 後藤が黙っていると、ビシィと指を差された。


「次は絶対!負けねーかんな!絶対勝つ!!」


 そう言われて、引き下がる奴がどこに居るだろうか。
「それはこちらの台詞だ。後悔すんなよ?」
 そう言って、目に力を込めて笑ってやると、どこからそんな自信が溢れてくるのか、
ふふんと笑って踵を返し、去って行った。




(絶対勝つ、か・・でも正直、次に勝つのは難しいかもしれないな)
 次の準決勝をどちらも勝ち抜いたとして、決勝で当たったらまた今と同じ結果になるか、
若しくは後藤が負けるーー。

 既に切り札であった【無限の扉】を見せてしまった。
 これはあらゆる攻撃、接触を全て無効化する特殊な防護壁だ。
 ある意味最強だが、使用するのに制限があるのが欠点だ。
 使用した後は激しく消耗する為、戦闘不能状態になるのも達海にはバレてしまった。
 きっと彼は次の戦闘で今回のこちらの動きを全て自分のモノにしているだろう。
 さっきも、直前に戦った巨漢との試合で得た足払いのフェイントを最後に使ってきていた。
(あれにはホント驚いたな・・・吸収が早い)
 彼は・・天性の戦闘センスを持っているのかもしれない。
 しかもまだ17歳であの動き。とんでもない逸材だと思う。

(あーーー・・まいったなぁーー)

 上を向き、大きな溜息を吐く。
「まぁ、なるようにしかならないか・・・」
 どの道、次の準決勝で勝たなければその先はない。
 後藤はこの大会で上位入賞を目指している為、負けるわけにいかないのだ。
 よし、と気合を入れ直して歩きだす。

 この時、まだ後藤は知らなかった。達海が言った『次』の意味を。