運命の邂逅1(3)

 
 控室の扉を開け通路に出ると、ずいぶん人が減っていた。

 後藤の方も順調に勝ち進み、次は準々決勝。
 次の試合まで時間が空いたので休憩を取るべく観客席の方へ歩いて行くと、
外通路に色とりどりのテントが見える。
 観戦のお供に飲み物や食べ物を売っている出店だ。
 後藤は適当に飲み物を買い、通路から観客席のゾーンに入ると、
そこかしこから感想が聞こえてきた。

「さっきの奴すごかったな」
「ああ、あれが光魔法の攻撃か・・・俺初めて見た」
「圧倒的な強さだったな」
「まだ少年なのが信じられないな・・本当に17超えてるのか?」

 どうやら二回戦を戦った試合の中で、皆の話題に上るような力の持ち主が現れたようだ。
(少年・・・?しかも光魔法の使い手・・だと?)
 確かにこの武闘大会には17歳から参加可能だ。
 少年と言えば少年だが、此処に力試しでやってくる17歳といえば、女性エントリーはともかく、
男は少年というより青年という風貌の人間の方が圧倒的に多い。
 それだけでも珍しいが、更に【光魔法】を使うという。
 とても珍しい魔法力で、扱える人間は限られている。
 後藤も使えないし、正直見たことすらない。
四大精霊である火・水・風・土の魔法より上位に当たり、かなりの魔力を必要とすると書物にあった。
(そんな凄い子が出場してたのか・・)
 自分とはまだ対戦していない。
 が、相手が勝ち進めば自分と当たるかもしれない。
 そう思うと、妙な高揚感が後藤の身を包んだ。

 乾いた喉を潤しながら闘技エリアを見やると、丁度また一戦終わったところだった。
 拍手が舞い、声援が飛び交う。
 そして掲示板に目を移すと次の試合を表示していた。
 歓声がひときわ大きくなり、隣で見ていた男達もおお!と立ち上がったのに驚く。
(な・・なんだ?)

「さっきのアイツがでるぞ!」
「おいおい、次は巨漢じゃねーか!腕じゃ勝てねぇな」

 再び闘技エリアに目をやると、向かい側から体躯の大きな20代後半位の男が出てきて
斧を振るってアピールしている。
(あれ・・?彼は港町の・・酒屋さん・・?)
 他国から運ばれてきた酒樽を船から降ろしたり、この城にも大きな酒樽を納入している
酒屋の息子のようだ。
 どうやら有り余っている力を発散させに来たようだ。
 ひょっとしたら大会の常連かもしれない。
 彼は確かに190センチを超える巨漢だ。しかも一撃が大きいパワーヒッタータイプ。
 後藤も出来れば当たりたくない。
 だが歓声の原因は、正確にはこの巨漢の彼ではなかった。
 反対側の扉が開き、対戦者が入ってきた途端、一段と歓声が上がったからだ。


「え・・・?」


 その後ろ姿に見おぼえがあった。
 しかも、その記憶はつい今朝方だ。
(もしかして・・先程の・・彼、なのか?)
 意外だった。
 周りが言うとおり彼は少年という風貌で17を超えてるように見えないし、体格も大きくない。
 外見だけで判断するなら、二回勝ち進んでいるのが不思議な位だ。
 だが、この歓声。
 先だっての評判を思い返せば【少年で光魔法を使う】のはひょっとして彼のことかもしれない。
 言われてみれば大人二人と対峙してたあの時も、彼は動じずにいた気がする。
 光魔法の使い手ならばそれも納得だ。
 掲示板を振り返れば、そこに彼の名前があった。
 
TAKESHI・TATSUMI(達海 猛)

「達海・・・か」
 名を口にしてみると、その姿にとても合っている気がした。
 歓声が一瞬収まり、視線を前に戻すと試合が始まった。
 達海少年は先ほどと違い、丸腰ではなく剣を手にしている。
(軽量タイプの片手剣・・・か)
 どうやら相手とは真反対のスピードタイプのようだ。
 試合は始まっているというのに、特に構えもせず自然体で立っている。
 ただその視線だけは相手の全身を細かく見ているようだった。
 対する巨漢はゆっくりと少年に近付いたかと思うと素早く足払いを仕掛けた。
「!!」
 誰もがその大きな斧を振りおろすと思っていたのに、とんだフェイントだ。
 しかもその巨躯に似合わぬ素早い動きで足払いが空ぶるとその反動を利用して
斧を振り上げるという二段攻撃だった。
 達海少年も足払いには一瞬驚いたような顔をしていたが、難なくそれを避け、
続く攻撃も届かない距離まで飛び退っていた。
 観客は大いに沸いている。
 ここで使われている武器は一見通常の武器と変わらないように見えるが、
実は魔法で作られたものだ。
 各々が持ち込む武器を担当官に見せて、その場で形、重みが全く同じ武器を生成してもらう。
 この武器は相手の身体に触れると、その部分が光を発して融けたように物質化が解除され、
相手に傷を負わさないように出来ている。
 ルール的にこの武器で相手の首、胸、腹を貫いたり、触れた場合に一本勝ちとなる。
 手足の場合はポイント加算になり、回数分1ポイントとなり、十五分間の試合中に一本勝ちにならなかった場合、ポイントの高い方が勝ちぬける仕組みだ。
 また、首より上を狙った場合は反則となり、その時点で失格となる。

 ぶんっと音を立てて大きな斧が少年に向けて飛ぶ。
(投げた・・!)
 攻撃範囲外へ素早く逃げる達海少年に焦れたのか、巨漢は体勢を低くした途端に斧を飛ばした。
 だが、飛ばした斧はぶんぶんと円を描きながら少年をかすめると再び巨漢の手元に戻ってきた。
「おおーー!」
「すげーーー!!!」
「ブーメランみてぇだったぞ!!」
 中々白熱している。
 これで、少年は一定以上の距離を保てば安全という意識を捨てるだろう。

(どうする・・・達海・・・?)

 後藤は高揚する心で彼を見やると、ブーメランのように戻ってきた斧を手に、
相手を追いつめるかのように笑う巨漢に対して、一瞬呆然とした視線を投げたが、その直後。

「へぇ〜・・・・・やるじゃん」

 そう言い放ち、不敵に笑ったかと思うと剣を構えた。

(ーーーっ!)
 後藤の心にその表情は突き刺さった。
 どこまでも傲岸不遜で射るような視線。
 深遠なる輝きを映した瞳に、強く引き結ばれた口元は口角が上がり、完全に強者が持つオーラを発していた。
 相手もそれを感じ取ったのか、一歩後ずさると斧を持つ手に力が込められるのが見えた。

 そして勝負は一瞬だった。
 達海が口元でスペルを発すると剣の先から光が灯り、円を描くと魔法陣が構成され相手に向かって放たれた。
 同時に飛びこみ、胴を一閃。達海の一本勝ちである。
(今のが・・・光魔法・・・!!!)
 気が付くと、後藤は立ち上がり食い入るように試合を見ていた。
 生まれて初めてこの目で見た魔法力。
 威力も素晴らしいが、それを使う達海自身が後藤には輝いて見えた。
 きっと一生忘れないだろう。
 それほどの衝撃を後藤に植え付け、この試合は終了した。


 しばし周りの喧騒も聞こえないほど呆然としていた後藤だが、
次の試合が始まると同時に我に返り、時計を見やる。
 そろそろ自分の戦いの出番が近い。
 踵を返し、観賞エリアを抜け、出場者用の控室に向かった。